2014年06月14日

日中関係の最悪ケース、全面戦争か局地戦争か

「戦争を防ぐためには、戦争を解明しなければならない」(国際政治学者のクインシー・ライト)──。東洋経済オンラインへの最新の拙稿です。日中戦争の危険性を問い、日中対話や危機回避メカニズム構築の必要性を訴えました。青山学院大学の青井先生、貴重なコメント、どうもありがとうございました。

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東シナ海上空を飛行する中国の戦闘機(提供:防衛省/AP/アフロ)

日中関係の最悪ケース、全面戦争か局地戦争か

戦争に発展し得るという危機認識が必要

高橋 浩祐:ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー東京特派員 2014年6月14日

尖閣諸島を含む東シナ海の公海上空で6月11日、中国の戦闘機が自衛隊機に約30メートルという距離まで異常接近する事態が再び起きた。軍用機同士の異常接近は言うまでもなく偶発的な事故を招き、両国の緊張や対立を一気に高めかねない危険なものだ。しかも、5月24日に続き、一カ月も経たないうちの二度目の発生だ。日本政府は前回の異常接近後も、外交ルートを通じて中国側に厳重抗議したが、いまだ両国間では何らの再発防止策も取られていないことが浮き彫りになった。

古今東西、領土問題は数多くの戦争の原因となってきた。特に、戦争に発展し得るという危機意識を欠いた国はなかなか交渉に真剣に臨まず、のちに想定外に事態をエスカレートさせて戦争に突入するケースが目立つ。例えば、1982年のフォークランド戦争時のアルゼンチン相手の英国がそうだった。日中防衛当局間のホットラインが機能しないなか、日中の軍同士で小衝突や小戦闘が起こり、誤解や誤算から政治的、軍事的に対立がエスカレートして戦争に突入するリスクはないのだろうか。そして、いざ日中が戦争に突入した場合、それは全面戦争(total war)になるのか、あるいは限定局地戦争(limited war)になるのか。

実は、日本の官僚や軍事ジャーナリストの間では「現代戦争では、全面戦争ではなく、局地戦になる可能性が高い」との見方が根強い一方、海外の安全保障の専門家や外交官は、日中対立での全面戦争のリスクをより高く見積もっている論調が目立っている。

両国の戦闘機が緊急発進を繰り返す

ここ数日の日中両国の発表によって、東シナ海上空では現在、日中双方の戦闘機が互いの偵察機や情報収集機に緊急発進(スクランブル)を繰り返し、一触即発の事態が続いていることが改めて確認できた。

防衛省は、5月24日、6月11日の2回の接近について、中国軍のスホーイ27(SU−27)戦闘機2機のうち1機が、航空自衛隊の電子測定機YS11EBに約30メートルという距離まで最接近した、と発表した。対する中国は6月12日、日本のF15戦闘機2機が中国軍のTU154情報収集機に約30メートルの距離まで接近し、「飛行の安全に著しい影響を与えた」と日本を批判した。中国がビデオを公開してまで反論に踏み切った背景には、南シナ海や東シナ海で領有権問題をめぐって自らの強硬姿勢のせいで孤立感が深まるなか、日本の主張を無視できず、己の正当性を国際世論にアピールする狙いがあったものとみられる。

そもそも異常接近の現場は、中国が2013年11月に尖閣諸島の上空を含む東シナ海に一方的に設定した防空識別圏内。日本の防空識別圏とも重なり合い、日米の強い抗議を受けてきた空域だ。6月11日、中国共産党機関紙、人民日報の国際版の環球時報は、5月24日の中国機の自衛隊機への接近について、中国の戦闘機が緊急発進して日本の偵察機に対応したことで、自らの防空識別圏の設置が初めてその成果を示したとする評論記事を掲載した。

中国空軍は2013年11月26日、米軍の戦略爆撃機B52が中国の防空識別圏内を飛行した際には戦闘機を緊急発進させていなかった。以来、中国国内での弱腰批判を踏まえ、強硬姿勢を貫きつつ、防空識別圏をめぐる既成事実をいくつも積み重ねて、最終的な権益を手に入れようとしている。こうした中国の手法は、「サラミ戦術」とも揶揄されるもので、南シナ海の西沙諸島や南沙諸島の領有権問題でも中国が見せている。

いずれにせよ、日中の防空識別圏がオーバーラップする空域では、中国が自衛隊機に対し、SU−27戦闘機を緊急発進させ、日本も従来通りF-15を対領空侵犯措置行動に当たらせている。戦闘機による無用な挑発(特に中国側)から、空中戦すなわち武力衝突に発展することが懸念される。

ちなみに、自衛隊機に異常接近を仕掛けてきた中国のSU−27は、成都軍区の第33戦闘機師団第98航空連隊(重慶基地)に所属し、重慶から東シナ海までの飛行距離を踏まえると、尖閣諸島からは戦闘機でわずか十数分となる「目と鼻の先」の福建省の軍用空港を前線基地として利用している、とジェーンズ・ディフェンス・ウィークリーではみている。同機はR-73 (AA-11 ア−チャー) 短距離空対空ミサイルを搭載しているとみられる。

局地戦か全面戦争か

日本の防衛省や外務省、軍事ジャーナリストの中には、かりに尖閣諸島周辺で日中軍事当局の小競り合いや武力衝突が起きた場合でも、それは局地戦にとどまる可能性が高い、との見方が根強い。この根拠の一つには、現代戦争では、どちらかの国が核兵器など大量破壊兵器を使えば、すぐに報復の大規模な攻撃を受け、互いを滅亡させる力があるため、いわゆる「恐怖の均衡」から、核戦争や全面戦争にはいたらずに限定戦争にとどまるとの考えがある。

これに対し、欧米を中心に海外の識者や専門家の中には、歴史を振り返り、たとえ小規模な武力衝突や小競り合いであっても、本格的な戦争に至った事例をあげる人が多い。ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリーでもそうした記事を多く目にする。

例えば、今月初めに私が取材したロシアの外交官は、以下のように、小さな事件から大戦争に発展するリスクを指摘していた。

「第一次世界大戦は1914年にサラエボで起きたオーストリアの皇太子夫妻の暗殺事件がきっかけ。第二次世界大戦もドイツ兵がポーランド兵に偽装して起こした自作自演の1939年のグライヴィッツ事件から始まった。どちらも数カ月後に誰もが予期しなかった世界大戦につながった」

さらに、このロシアの外交官は、第一次世界大戦の犠牲者が約3700万人、第二次世界大戦の犠牲者が約6000万人と、犠牲者数が増えてきている事実を指摘し、日中が本格戦争に突入し、史上最大規模の破壊をもたらすような第三次世界大戦を何としてでも予防する必要性を説いていた。

振り返れば、日本も1931年の満州事変がきっかけで、太平洋戦争にまで突入するに至った。予見を欠いた甘い戦略から生じる戦争はあまりにも多く、数多くの長期戦や全面戦争が、短期間で局地的に終わるとの楽観的な見通しから始まっている。直近では、米国によるイラク戦争やアフガン戦争が最たる例だろう。

東シナ海では日本が軍事的優位

戦争・紛争研究や安全保障学の研究で知られる青山学院大学国際政治経済学部の青井千由紀教授は、尖閣・東シナ海ではエスカレーションの可能性はないとする主に日本国内の省庁に根強い見方も、海外で取りざたされるエスカレーションの可能性はあるとの見方も、双方が正しい、と指摘する。

日中のエスカレーションの可能性がないという根拠としては、青井教授は「少なくとも東シナ海では、南シナ海と違って、現状では日本の軍事的優位があり、このことを日中ともによくわかっているため、現状のこう着状態が壊れてエスカレーションに至る可能性は少ない」と指摘した。

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2011年10月、航空自衛隊小牧基地を訪問した中国人民解放軍佐官級訪日団

一方、エスカレーションの可能性があるとの根拠としては、軍事的なものだけではなく、政治的、準軍事的な要因を挙げた。

具体的には、日中間のホットラインなど危機管理システムが構築されていないことや政治対話が稀薄であること、日本挑発論(日本が挑発している側であるという中国側の論理)に利する歴史問題が解決されていないこと、さらには、東シナ海においても再三軍事的衝突に至りかねないような事態が起こっていることをみると、少なくとも中国の党や政府、軍の指導者層がこのような行動を禁止してはいないと思われることを青井教授は指摘した。

政治家が交渉努力を怠るリスク

確かに、中国指導者層が民族対立や民主化の動きなど国内問題の行き詰まりによる国家の正統性を尖閣など領土問題で乗り切ろうとする動きを強めるかもしれない。内憂をそらすために、武力で領土を奪還する動きは手っ取り早い方法だ。日本側の問題としても、政治家の危機回避の交渉努力の欠如が心配される。また、中国相手の高まるナショナリズムに便乗し、早期に中国を一気に叩いて勝利しておこうとするエスカレーション戦略を訴える政治家が出てこないとも限らない。

青井教授は、「日本側が純粋に軍事的な均衡を中心とした議論を繰り広げる傾向があるのに対して、中国側は、歴史問題などを含め、政治から準軍事までより幅広いアプローチでもって日本側に揺さぶりをかける準備があるように理解している。日本としても、政治、準軍事、それこそ市場の相互依存まで範疇にいれた包括的な戦略を立てることが急務」と話している。

強硬姿勢を見せ続ける中国を相手に、いかにして対立のエスカレーションを予防し、収束させていけるか。その打開策が今ほど問われている時はない。



posted by Kosuke at 14:40| Comment(9) | 東洋経済

2014年05月30日

北朝鮮、「拉致被害者再調査」の”茶番”

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北朝鮮の狙いとは?(提供:KRT/AP/アフロ)

北朝鮮、「拉致被害者再調査」の”茶番”

日本のメディアの報道から抜け落ちていること

高橋 浩祐:ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー東京特派員 

2014年5月30日

スウェーデンでの3日間に及ぶ日朝外務省局長級協議を踏まえ、北朝鮮が日本人拉致被害者についての再調査を実施することを表明した。日本もこの再調査の進展次第で、北朝鮮に対する独自の経済制裁の一部緩和を実施することを表明した。

今回の日朝合意は、2008年6、8月の日朝実務者協議の合意に沿ったものだ。6年前の振り出しに戻ったとみていい。北朝鮮は同年6月の日朝実務者協議で、人的往来を認めることや人道目的での北朝鮮船舶の入港禁止解除の検討などを条件に再調査に同意していた。同年8月の協議では再調査委員会を設置して秋の間に調査を終えることでも合意した。しかし、同年9月に当時の福田康夫首相が退陣表明すると、委員会の設置を先送りした。

この6年前の日朝協議同様、今回、合意に至った背景としては、北朝鮮が「拉致問題は解決済み」との従来スタンスを変えて柔軟姿勢を見せたことが大きい。

では、なぜ今回、北朝鮮が柔軟姿勢を見せて拉致被害者の再調査の同意に至ったのか。なぜ日本との交渉に前向きになったのか。

「血の盟友」中国が韓国に接近

その理由には、北朝鮮とともに朝鮮戦争で一緒に戦い、「血の盟友」と言われ続けてきた中国が昨年以来、韓国に急激に接近していることが挙げられる。

中国の王毅外相は今週初めに、韓国を訪問し、朴槿恵大統領や尹炳世外相と会談、中韓関係について「これまでで最良」との認識を示した。王毅外相は、年内に予定されている習近平・中国国家主席の初の訪韓日程についても調整したと報じられている。日本との歴史問題をめぐって、中韓が共闘を強めていることは読者もよくご存じだろう。

こうした中韓の親密ぶりが北朝鮮に強いプレッシャーを与えていることは間違いない。北朝鮮にしてみれば、その対抗策として、譲歩覚悟で日本に接近している。特に韓国に対し、頭ごなしで日本と交渉することは、イライラや出し抜け感を募らせる北の有効手段となっている。

では、中国はなぜ、韓国に接近しているのか。その理由としては、中国が経済的に韓国との相互依存を深め、かりに将来、韓国主導で朝鮮半島が統一されても、統一朝鮮が反中にはならないとの判断に傾いていることがあるとみられる。

また、米中がお互いの利益を尊重する協調主義的な「新型大国間関係」を強め、中国は米国に対しての自信を強めている。今や太平洋の東半分と西半分の「棲み分け」を米国に提案するくらいだ。そんな中、自信あふれる昨今の中国にとっては、米韓に対する緩衝地帯(バッファーゾーン)としての北朝鮮の戦略的価値が低下しているとみられる。

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本来は調査など必要ない

北朝鮮は今回、日本側に対し、拉致被害者の再調査の実施を約束したが、本来、北朝鮮が拉致被害者を捜したり、生存を確認したりするのに調査など必要ない。なぜなら、北朝鮮は既に日本人拉致被害者の居所なり状況を把握しているはずだからだ。

北朝鮮は日本と違い、移動の自由が制限されている。また、拉致被害者は、日本人を含めた外国人との結婚が強制されていると言われている。北朝鮮のような閉鎖的で流動性の少ない社会の中で、日本人がいれば容易に気付かれてしまうものだ。

実は安倍首相も10年前の2004年の自民党幹事長時代、当時の日本政府が提案した安否不明者10人についての日朝合同の調査委員会構想について問われ、次のように答えている。

「誰が考えても茶番で、直ちに取り下げるべきだ。拉致をしたのは彼らで、行方を知っている。知らないふりをして一緒に調査するというのは、時間延ばし以外の何物でもない。拉致問題は金総書記がすべてを話せば一秒で解決する話だ」(2004年5月22日付の日本経済新聞記事)

「包括的かつ全面的な調査」で新たに拉致被害者の生存を見つけたことにしなければ、これまで北朝鮮が「解決済み」としてきた嘘がバレてしまうことになる。北のメンツが立たなくなる。このため、「再調査」とはあくまで拉致問題解決のために日朝が編み出した政治手法、あるいは北への政治的な配慮であって、本来は茶番劇だ。

いずれにせよ、今後、「特別の権限(全ての機関を対象とした調査を行うことのできる権限)が付与された特別調査委員会」が数カ月以内に拉致被害の生存者を「発見」するだろう。そして、日朝の合意文書にあるように、そうした生存者は安全に帰国させるとみられる。

問題は北朝鮮がいったい何人の生存者を見つけたと言ってくるかだ。数人と数十人とでは、日本国内の世論の受け止め方に大変な差が出てくることが明らかだ。その世論の状況次第で、日本政府の次の一手となる政策も違ってくるだろう。2002年10月に拉致被害者5人が帰国した際、日朝の両国を待ち受けていたのは、予想に反し、拉致問題の全面解決を求める被害者家族と世論の強い反発だった。少ない人数では同じことが起こりかねない。

次なる生存者も北朝鮮の工作活動と無関係か

もともと日本人拉致は、故金正日総書記が1970年後半と1980年代前半、対南工作向けに日本人に化けたスパイを養成するため、工作機関に指示したものだ。金正日はその頃、まだ30代で父親・金日成に次の指導者として認めてもらうため、対南工作を通じて自らの実績作りに励んでいた。

拉致被害者の一人、田口八重子さんは、ソウルオリンピックが翌年に迫った87年の大韓航空機爆破事件の犯人で北朝鮮の元工作員、金賢姫の日本人化教育係。横田めぐみさんもその金賢姫の同僚の女性工作員の金淑姫の教育係だったとされる。北朝鮮はビルマ(当時)の首都ラングーンでの韓国大統領暗殺未遂(1983年)や大韓航空機爆破を「でっち上げ」などと言い続け、犯行を認めていない。このため、過去の嘘や矛盾がばれることから、今回も対南工作活動とは無縁の日本人生存者を意図的に差し出すとみられる。北朝鮮がどのように動くか、注視していく必要がある。
posted by Kosuke at 10:28| Comment(0) | 東洋経済

2014年05月26日

中国との終わりなき軍拡競争に突入する日本

東洋経済オンラインへの最新の拙稿です。エスカレートする日中関係の対立に警告する意味で書きました。

ジョセフ・ナイが2010年の慶應義塾大学での講演で、「争いが必然であると信じることが争いの種になるだろう」と述べていました。

 "Beliefs in inevitability of conflict will become a source of conflict." - Joseph Nye (a speech at Keio University in 2010)

今の日中関係はまさにこの相互不信の状態に陥っています。では、この相互不信のジレンマから抜け出すためにはいったい何をどうすればいいのか。まず相手国と対話を始め、お互いの意図がいったい何であるのか、互いに明確化して、そして、理解するように心がけることが必要だと思います。でないと、いつ何時、誤解や誤算から思わぬ軍事衝突を招きかねません。少しでも相互不信を拭うよう対話すべきです。米ソ冷戦を終結させたレーガンとゴルバチョフがそうしました。

ちなみに記事の見出しにある軍拡競争(=軍備拡張競争)とはもともとどのような意味なのでしょうか?「各国家が自国の軍備を拡張し、他国よりも軍事面で優位に立とうとする争いのことを指す。軍備の拡張には兵員の増強、軍事技術の開発、装備の更新などが含まれる」。つまり、一般には単なる軍事費の拡大よりも、もっと幅広いことを指し示しています。僕もその意味で使っています。

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5月15日、中国、軍トップが訪米し統合参謀本部議長との会談に臨んだ(写真:ロイター/アフロ)

中国との終わりなき軍拡競争に突入する日本

高橋 浩祐:ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー東京特派員 2014年5月26日

5月24日、尖閣諸島北方上空で起きた自衛隊機への中国軍機異常接近事件は、偶発的事故がいつ起きてもおかしくないことを、日本国民に印象付けた。中国の強圧的な攻勢は止まらない。安倍政権が尖閣諸島を含む南西諸島地域での防衛態勢を急ぐ中で、日本は中国との事実上の軍拡競争に突入している。

中国の国防費は2010年度を除き、四半世紀の歳月にわたって2ケタのパーセンテージで伸び続けている。中国経済が今後も高水準で成長していくことが見込まれる中、中国の軍事費はさらなる拡大が予想されている。そして、日本はただでさえ、1000兆円にも及ぶ巨額の公的債務を抱え、財政上の厳しい制約を受けていることから、中国との軍拡競争にかないっこないとの見方がある。

その一方で、中長期的には中国は一人っ子政策の影響もあり、日本以上の少子高齢化に直面。経済成長が鈍化し、2ケタの国防費の伸びをいずれ維持できなくなるとの見方もある。

尖閣諸島の領有権をめぐって、挙げた拳をなかなか振り下ろせずに、チキンゲームを続ける日中。そして、中国を事実上の「仮想敵国」とみなして次々と手を打つ安倍政権だが、中国との軍拡競争で果たして勝ち目はあるのだろうか。


南西諸島の防衛態勢強化を急ぐ安倍政権

安倍政権は昨年12月、今年度から5カ年の防衛予算の総額を24兆6700億円とする次期中期防衛力整備計画(中期防)をまとめた。中期防の総額は2期連続で削減されてきたが、中国の台頭や北朝鮮の核ミサイル戦力の増強によって東アジアの安全保障環境が厳しさを増す中、防衛予算の増額が必要と判断。増額は3期ぶりとなった。

安倍政権がとりわけ強化を急いでいるのが南西諸島地域での防衛態勢だ。中国の海洋進出をけん制する狙いがある。ここで防衛問題に詳しくない読者のために、自衛隊の主な離島防衛策をさらっとまとめてみる。

まず、空では今年4月に航空自衛隊那覇基地に「空飛ぶレーダーサイト」と呼ばれる早期警戒機「E2C」4機からなる飛行隊を新設。さらに、2016年3月末までには那覇基地に配置している空自の戦闘機部隊も1個飛行隊(F15戦闘機約20機)から2個飛行隊に増やし、中国の領空侵犯事案に対応する防空能力を高める。

陸上でも2015年度末までに、日本最西端の与那国島に150人規模の陸上自衛隊の沿岸監視部隊を配置する方針だ。この部隊は旧ソ連・ロシアと対峙してきた北海道稚内市にある宗谷岬の第301沿岸監視隊がモデル。稚内同様、与那国島にも沿岸監視レーダーなどを建設する計画だ。

また、陸自では2018年度をめどに、奄美大島のほか、沖縄県の宮古島と石垣島にも、「現代の防人」となる各400人規模の警備部隊を配備することを検討している。ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリーでは、対馬警備隊をモデルにしたこれらの部隊をquick reaction force (QRF)、つまり、緊急即応部隊とみなしている。

海では、機雷の除去や潜水艦探知を1隻で行う新型の多目的の護衛艦や多用途ヘリコプター(艦載型)の新たな導入を目指している。

さらに最も目覚ましい動きとして、陸自の西部方面普通科連隊(長崎県佐世保市)所属の700人が米国など国内外で訓練を重ね、既に離島奪還が目的の水陸両用作戦を展開できる部隊に仕上がってきていることだ。今年4月初めに同連隊を視察した米海兵隊の幹部(大佐)は筆者の取材に対し、「既に事実上の日本版海兵隊」と目を見張っていた。

別の米海兵隊の元幹部も「(同連隊は)ここ2年間で驚くべきほど速く、そして、スムーズに水陸両用作戦能力を習得した。陸上自衛隊はオーストラリアより数年後にその能力の習得努力を始めたが、すでにオーストラリアを追い越した」と話した。防衛省は同連隊700人を中核とし、将来は3000人規模からなる水陸機動団を新設する計画だ。

こうした日本の部隊の新編や精鋭化は、日本の抑止力を高め、中国に尖閣諸島を侵略したり、日本の領空領海を侵犯したりする気や意図を持たせなくする狙いがある。しかし、東シナ海上空で24日にも、海上自衛隊のOP3C画像情報収集機と航空自衛隊のYS11EB電子測定機が、中国軍SU27戦闘機2機の異常接近を受けるなど、中国の高圧的な姿勢は一向に変わらず、逆に両国間の緊張は張りつめたままだ。


中国の軍事費増大を恐れる日米

安倍首相は2012年12月の自らの第二次政権の発足以来、繰り返し、中国の軍事力増強、とりわけ軍事費の拡大に強い懸念を表明してきた。昨年9月には米保守系シンクタンク「ハドソン研究所」がニューヨークで開いたセ レモニーの場で、具体的な国名には触れなかったものの、「すぐそばの隣国」の中国の国防予算が20年以上、2ケタの増額を続けてきたことを指摘した。

5月15日に公表された首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の報告書の中でも、次のように中国の軍事費拡大について強い懸念が改めて示されている。安倍政権の中枢の危機感や焦りがにじむ内容だ。

「中国の影響力の増大は明らかであり、公表国防費の名目上の規模は、過去10年間で約4倍、過去26年間で約40倍の規模となっており、国防費の高い伸びを背景に、近代的戦闘機や新型弾道ミサイルを含む最新兵器の導入とその量的拡大が顕著である。中国の国防費に関しては引き続き不透明な部分が多いが、2014年度公式発表予算額でも12兆円以上であり、我が国の3倍近くに達している。この趨勢が続けば、一層強大な中国軍が登場する」

中国の急激な軍事費増額に懸念を示しているのは日本だけではない。米国も同様だ。5月14日に東京であった米中関係を議題とするシンポジウムでは、ブルッキングス研究所シニアフェローのマイケル・オハンロン氏は米国の国防予算の4分の1にまで増大した中国の軍事費について、「中国の兵力数は既に世界一だか、中国は軍事費の面からも優に世界第2位の軍事大国としての地位を確立した」と指摘、「わずか10年前までは中国の軍事費は日本やドイツ、英国、フランス、ロシアとそんなに変わらなかった。どの国も500億ドルから600億ドルの範囲内で収まっていた」と述べた。

そのうえで、オハンロン氏は「中国経済が7%成長を続けると想定し、このまま中国が対GDPで2%の割合で軍事費を拡大すれば、10年後には軍事費が倍増する。中国は軍事費増額のペースを落とさなければならない」と中国側に促した。

ちなみに、英シンクタンク国際戦略研究所(IISS)が発表した「ミリタリー・バランス2013」によると、軍拡を進める中国に対応してインドやパキスタンなど周辺国も連鎖的に軍備を増強。このため、2012年には初めてアジアの軍事費が欧州を上回った。

それでは、中国の軍事拡大を下支えする中国経済はいつまで高度成長を続けるのか。

海江田万里・民主党代表も5月21日付の朝日新聞の記事の中で、「確かに北東アジアの軍事的脅威は増大している。一方、中国の経済成長は減速し、長期的には日本以上に急速な高齢化を迎える。2ケタ台の国防費の伸びをいつまで維持できるのかという問題も出てくるだろう。世界情勢の変化を冷静に踏まえた判断が求められる」と述べている。

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の瀬口清之氏は、都市化と、高速道路・高速鉄道のインフラ建設という中国の内需主導型の高度成長を支える2大要因が2020年前後まで継続すると予測。ただし、2020年以降は労働力人口の減少のスピードが加速し、高度成長にブレーキがかかり、その後は安定成長に入ると見込んでいる。

中国が国防費を今後も大幅に増やし、尖閣諸島周辺での挑発行為も辞めない中、日米同盟を強化し、中国に対抗しようという安倍首相の積極的平和主義は一見、国民の目にもっともらしく映る。

しかし、日本は巨額の財政赤字を抱えており、現状からの防衛費拡大は財政規律の悪化リスクにつながりかねない。さらに中国の軍拡路線に対峙するためには、社会保障分野など他の分野の予算を抑制しつつ、さらなる増税と厳しい緊縮財政を敷きながら、防衛予算を拡大させることになりかねない。防衛省はここ数年、防衛予算の確保を目的に、意図的に中国の脅威を強調してきている下心も見え隠れする。

中国では内政上の危機が進行

一方の中国も、民族対立など内政上の危機が進行し、予断を許さない国内事情を抱えている。

日中関係は現在、古典的な「セキュリティ(安全保障)ジレンマ」に陥っている。つまり、ある国の国防力の増強が他国にとっての脅威となり、悪循環で軍事的緊張が高まってしまっている。これを断つためには、首脳レベルの対話を再開。尖閣問題を棚上げし、空や海での軍事衝突回避を目的にした、日中間の危機管理メカニズム構築の協議を始める必要がある。

1921年のワシントン会議に日本首席全権委員として出席した加藤友三郎は次のように言っている。「国防は軍人の専有物にあらず。戦争もまた軍人にてなし得べきものにあらず。…国防は国力に相応ずる武力を備うると同時に、国力を涵養し、一方外交手段により戦争を避くることが、目下の時勢において国防の本義なりと信ず」。

先の大戦で、なぜ日本は負け戦の中、戦線を拡大させていったのか。本来は「備え」であるはずの軍事を最重要視し、肝心かなめの外交努力を怠ったことも大きな要因ではないか。外交の出番だ。この加藤友三郎の言葉を今、かみしめたいものだ。
posted by Kosuke at 11:56| Comment(0) | 東洋経済