2014年07月04日

北朝鮮の特別調査委員長、ソ・テハ氏とは何者?

北朝鮮の特別調査委員長に就いた徐大河(ソ・テハ)氏の肩書の一つは、国家安全保衛部副部長。国家安全保衛部は、拉致された日本人の管理にも深く関与しており、「ミスターX」こと柳敬(リュ・ギョン)が所属した組織でもある。ソ・テハ氏はその柳敬氏の後継者の一人とみられる。

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7月4日、安倍首相に要望書を手渡す拉致被害者家族(写真:ロイター/アフロ)

北朝鮮の特別調査委員長、ソ・テハ氏とは何者?


実は「ミスターX」こと柳敬の後継者の一人

高橋 浩祐 :ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー東京特派員

2014年07月04日

北朝鮮の特別調査委員長に就いたソ・テハ氏とは何者か。北朝鮮を通じて公表された肩書は、「国防委員会安全担当参事」兼「国家安全保衛部副部長」。国防委員会は北朝鮮の国家最高権力機関、国家安全保衛部は秘密警察にそれぞれあたる。

内外の北朝鮮専門家の間で既に分かっていることは、ソ氏は朝鮮人民軍(KPA)出身。北朝鮮指導者の動向を注視する専門サイト「ノースコリア・リーダーシップ・ウォッチ」を運営するマイケル・マッデン氏は、ソ氏が、2011年に粛清、処刑された柳敬(リュ・ギョン) 国家安全保衛部副部長(当時)の後継者の一人であることを明らかにした。柳氏は2002年の日朝首脳会談で田中均・外務省アジア大洋州局長(当時)の交渉役を務めた「ミスターX」として知られる。

マッデン氏はその上で、国家安全保衛部での「副部長」という肩書がメディア上や外交時での対外的に用いられる役職名に過ぎず、実態が伴っていない可能性も示唆した。また、ソ氏は、他の国家安全保衛部の幹部と同様、ソ氏は朝鮮人民軍参謀本部での階級を有しているが、KPA参謀本部や人民武力部の指揮命令系統には入っていないという。

菅官房長官は3日の記者会見で、ソ氏の国防委員会安全担当参事との役職について、「今回の特別任務のために必要に応じて設置された」と説明。「副大臣級で国の安全保障問題を担当する」と述べた。

ソ氏は70歳前後

ソ氏はそもそも他の重要職を兼務する8人前後からなる国防委員会参事のうちの1人。金正日総書記から金正恩第一書記に引き継がれた、最高幹部からなる「常務組(サンムジョ)」の一人であるともみられている。

こうした常務組の最高指導者の大物側近たちが、日本の拉致問題を調査する特別任務を担う実働部隊を動かすとみられる。常務組は特別のミッションの遂行を担っているため、一般に他の幹部グループからは切り離されている。そして、豊富な人的、金銭的な資源を注ぎ込む強大な権力を有しているとみられている。

日本人の中でソ・テハ氏に会った人物がいる。故・金正日総書記の専属料理人を務めた藤本健二氏だ。藤本氏は4日、私の取材に対し、1995年に平壌の中心街にある迎賓館「木蘭館(モクラングァン)」でソ氏に会ったことを明らかにした。当時のソ氏の役職については「わかるはずがない」と述べた。ソ氏は現在70歳前後であるという。
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2014年07月01日

集団的自衛権、黒幕の米国が考えていること

 東洋経済オンラインへの最新の拙稿です。集団的自衛権の行使といった施策は、第3次アーミテージレポートの内容に沿って進んできています。米政権は、安倍政権の歴史認識や近隣諸国政策、対米自立の可能性(米国にとっては「危険性」)に確かに警戒感や不信感がありますが、日本に安保負担増をさせようとする方針に変わりはありません。

 そもそも米国のカート・キャンベル前国務次官補やマイケル・グリーン元国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長らいわゆる「ジャパンハンドラー」が公明党の山口代表らと会って、集団的自衛権の閣議決定を早めるために圧力をかけてきたこと自体が尋常ではありませんでした。集団的自衛権の行使容認といった国論を二分するような問題で、それも非常に微妙な時期に、与党幹部に圧力をかけることは完全に内政干渉です。日本メディアも、厳しく批判すべきでした。

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 記事を出してしまった後に思ったのですが、日本が軍事的な役割を拡大することで日米安保体制が安定するという歴史的な流れが始まったのは、「1990年代以降から」ではなく、「1980年代以降から」だったかもしれません。1980年代の中曽根政権時代に既に、有事における米軍支援ルートを守るための「1000海里シーレーン防衛」が打ち出されていましたから。少し後悔。。。

 記事の後半部分に日本が米国に主張すべきことをまとめて書きました。


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米国は自衛隊に米軍支援拡大や安保負担の肩代わりを求めている(写真:ロイター/アフロ)

集団的自衛権、黒幕の米国が考えていること

日米安保体制はますます米国の思うまま

高橋 浩祐:ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー東京特派員 

2014年7月1日

おじいさんやおばあさん、子供たちなど「国民の命を守る責任」を掲げることで、集団的自衛権の行使容認を急いだ安倍晋三首相。日本国内では、これは安倍首相のリーダーシップによって行われた、という認識が強いようだ。

しかし、安倍政権はお釈迦様の手のひらの上にいる孫悟空のようなもの。黒幕は、あくまで米国だ。内実は、日本に対し、米軍支援拡大など軍事的貢献を求める米国からの長年の強い圧力がここにきて強まっていることが背景にある。

米国が日本に対し、一方的に軍事面での支援拡大を求めてくるのならば、それはおかしいと日本は主張すべきだ。シリアやクリミア問題をめぐって、米国の覇権力の低下や弱腰姿勢が指摘されるオバマ政権だが、今後も世界で指導的な役割を続けていくことを表明している。しかし、巨大な軍事力を支えてきた屋台骨の米国の財政事情は火の車。現在、国家予算全体の2割を占める国防費を今後10年間で約1兆ドル(約100兆円)も削減することが義務付けられている(2011年成立の米予算管理法)。

米国は「集団行動」を強調

それでは、財政難にあえぐ米国は、どのようにして米主導の国際秩序を保っていくつもりなのか。オバマ大統領の5月末の米陸軍士官学校(ウエストポイント)での演説や、ライス大統領補佐官(国家安全保障担当)の6月11日の講演では、それを読み解くキーワードが何度も登場した。それは、「集団行動」(collective action)だ。

米国一極主義ではなく、同盟国や友好国を結集して、国際協調主義の下で「集団行動」をとっていくことをオバマ政権は表明している。そして、そのために、北大西洋条約機構(NATO)や日本など世界中の同盟国に安全保障面でのさらなる負担を求めている。つまり、米国はもう単独では国際秩序を維持できないということを白旗を上げて認めている。

同盟国を動員するこの「集団行動」のやり方は、第二次世界大戦後に同盟国と築き上げてきた「過去の遺産」を活用してやり繰りしようとしている側面もある。米国は自国の安全保障に直接影響を与えないような国際紛争については、後方支援に回った2011年のリビア空爆時のように、今後もNATOなど各地域の同盟国に問題の対処を徐々にアウトソーシングしていくとみられる。尖閣問題もその範疇に入るだろう。

1970年代から続く「安保ただ乗り論」

安全保障面で日本に応分の負担をさせようとするのは、何も今に始まった話ではない。

米国は1970年代、ベトナム戦争で多くの犠牲を出して敗戦、国力が疲弊した。そんな中、日本は著しい経済成長を遂げて世界第2位の経済大国として台頭。日本の対米貿易黒字が大きくなると、「日本は安保にただ乗りしている」という日本フリーライダー論や日本アンフェア論が米国議会を中心に出てくるようになった。つまり、「米国が共産主義と戦ってきたなか、日本はアンフェアに金稼ぎに勤しんできた」と。

そして、冷戦の終結に伴い、イラクなどの「ならず者国家」が出没した。米国の要請の下、日本も専守防衛の域を事実上超え、1990年代以降、自衛隊の海外派遣に踏み切った。湾岸戦争終結後の海上自衛隊掃海部隊のペルシャ湾派遣(1991年)を皮切りに、イラクへの自衛隊の派遣(2003〜2009年)、インド洋での給油活動(2001〜2010年)につながっていった。

このように1990年代以降は、日本が軍事的な役割を拡大することで日米安保体制が安定するという歴史的な流れが続いている。集団的自衛権の論議もこの流れに沿っている。米国の強い圧力の下、実は、集団的自衛権の必要性に触れた有識者懇談会報告はすでに5回も出ている。最初が小泉内閣時代の2004年の「安保防衛懇」報告、次に2008年の第一次安倍政権下での「安保法制懇」報告、3度目が麻生政権時代の「安保防衛懇」報告、4度目が鳩山由紀夫−菅直人政権下の「新安保懇」報告。そして、直近の第二次安倍政権下での「新安保法制懇」報告だ。

集団的自衛権論議が続く中、「米国は日本を守るが、日本が米国を守らないのはおかしい」といった日本に対する安保ただ乗り論は今も盛んに米国から発せられている。最近、筆者が目にした主な意見をいくつか紹介してみよう。

「従来の憲法解釈では、日本の護衛艦が攻撃されたら米国は守るが、米国の艦船が攻撃されても日本は対処できない。日本が、北朝鮮から米ハワイなどに向かう弾道ミサイルを迎撃せずに無視するなら、米国民は『本当に同盟国なのか』と思うのではないか。」(6月6日付の朝日新聞記事でのケビン・メア氏=元米国務省日本部長の発言)

「ワシントンは1951年以来、東京と相互的な安全保障条約を結んできた。しかし、日本は米国や米軍を守ることにコミットしていない。事実、日本軍は戦時であってもワシントンを支援することを禁じられている。たとえその戦争が日本の防衛のためであってもだ」(6月2日付のロイター通信のオピニオン記事での米国経済戦略研究所のクライド・プレストウィッツ所長の発言)

元海兵隊大佐が語る日本への不満

日本戦略研究フォーラムのグラント・ニューシャム上席研究員(元米海兵隊大佐)は私の取材に対し、痛烈に日本に不満をぶつけた。米国の本音が垣間見えているため、少し長くなるが、同氏のコメントを紹介する。

「日本がわずかな不動産と少額な資金を提供することで得ているものを考えてみてほしい。日本を防衛するという(米国による)約束とともに、日本は(米軍という)世界最強の軍事力のサービスを受けている。これは、どんな国もかつて受けたことがないほどの『最良』の取引だ。私は日本がこのことをきちんと認識しているかどうかが分からない」

「ロンドンのロイズ(保険市場)に電話をして、このような保険について聞いてみてほしい。彼らは一通り笑い終えた後に、毎年約1000億ドル(10兆円)ほどの保険の見積価格を提示するだろう。これこそが日本が過去60年間、毎年享受してきた『防衛保険』の額なのだ。これだけの金額を日本政府は他のことに費やすことができたのだ」

「人々は日本の思いやり予算、つまり、ホスト・ネーション・サポート(接受国支援)が何百億ドルだと思っているかもしれない。しかし、実際はあきれるほどに少ない。せいぜい多くて50億ドル(5000億円)だ。日本の公共事業プロジェクトでの不正行為の額と同額程度だ。この額で日本は何を得ているのか。日本を守る米軍だ。全然悪い取引ではない」

「この種のアンバランスな関係はいつまでも続くものではない。日本は自らの防衛面でもっとやり始めるべきだ。それは、より対等な同盟国にもつながる」

「日本と米国のそれぞれの選択肢(オプション)を誰もめったに考えようとしないのは、驚くべきことである。日本は実際、米国以外にまともな同盟国を持っていない。核兵器に絡む選択肢も確実に有していない。日本は米国以外に同盟国がおらず、他に真の友人もいない。それでも、日本政府はしばしば良い選択肢があるかのように振る舞っている。米国は日本にある基地から相当な恩恵を受けている。それらはとても有益だが、代わりがきかないものではない。米国は常に別の国とうまくやっていける。米国はカムラン湾やフィリピンなど一つの場所で基地を失っても、他の場所で基地を開設できる機会を有している」

「日本が米国に便宜を図っているという考えはナンセンスだ。日本は防衛協力から何を得ているか直視すべきだ。米国は日本に代わって犠牲を強いられていることを認識している。日本はそのことを理解すれば上手くいくだろう。米国人に『ありがとう』と言うことがとても役に立つことだろう」

少し長くなったが、上記のニューシャム氏のコメントを読んで反感を持った日本の読者もきっと多かっただろう。日本は公表ベースでは2014年度6711億円もの在日米軍駐留関連経費を支出している。

日本に向けられるこうした安保ただ乗り論に対し、日本はどう反論したらよいのか。

ワシントンの軍関係者の中でよく使われる言葉に、「ティラニー・オブ・ディスタンス(Tyranny of distance、距離の過酷さ)」がある。この言葉を理解しておくと、米軍にとっての沖縄や横須賀をはじめとする在日米軍基地の戦略的・地理的価値がよく分かる。

このフレーズは遠距離恋愛のつらさを言う場合にも使われるが、米軍の世界戦略を論じる際、昔からよく米軍関係者の間で使われてきた言葉だ。しかし、日本では全然、使われていない。記事データベースの日経テレコン21で、過去記事を検索しても、一件もヒットしない。つまり、日本国内ではあまり意識されていない概念だ。

日米安保に伴う米軍のコスト削減効果は莫大

ティラニー・オブ・ディスタンスの意味はこうだ。

米国から見た場合、日本は太平洋を越えた反対側にある。米国の西海岸から西太平洋の日本までは、地球の地表の50%以上を占め、16個のタイムゾーン(時間帯)をまたぐ。航空機でも片道十数時間、船では平均航行速度15ノット(約28キロ/時)で約2週間かかる。

この広大な太平洋を渡る距離、船で片道2週間という時間を、米国は日本に米軍を置くことで節約できる。1日およそ100万ドル(約1億円)とされる空母の運用経費だが、横須賀を母港にとどめておけば、空母だけでも、太平洋横断経費の片道1400万ドル、往復で2800万ドルを節約できる。いちいち米西海岸のサンディエゴ海軍基地から空母を派遣しなくても済むのだ。

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つまり、米国は在日米軍をきっちり維持することによって、中東と東アジアを結ぶ海上交通路(シーレーン)での有事の際、米国の陸軍も海軍も空軍も海兵隊も、時間や金、人員輸送を大幅に節約できる。そして、平時の際でも、アジア・太平洋でのアメリカの覇権を維持する軍事プレゼンスを保つことができる。米海兵隊が特に沖縄に駐留している価値について、沖縄の第3海兵師団の大隊長を務めたR・K・ドブソン中佐は、かつて以下のように述べた。

「東アジア・太平洋地域において、どこにでも航空機と海上輸送力を使って迅速に派遣できることにあり、沖縄の戦略的位置は、対応所要時間を減らし、米本土からの増援軍と、補給物資の輸送に必要な限定された戦略航空・海上輸送能力の規模が小さくすむようにさせている」

つまり、ティラニー・オブ・ディスタンスを克服するためにも、米国は沖縄や横須賀、佐世保などの在日米軍基地にこだわっている訳だ。

前出のニューシャム氏のような論客には、上記のような反論が可能だろう。つまり、「日米安保は片務的だ」というのであれば、日本は米国に対して既に戦略的に重要で広大な基地を貸している。これも片務的なものだ。もし本当に双務的な安保体制にするならば、嘉手納の見返りとしてグアムのアンダーセン空軍基地、横須賀 や佐世保の見返りとしてハワイのパールハーバーやサンディエゴを貸してくれ、と日本は主張すべきだ。

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外国の軍隊を置くことの重い意味

外国の軍隊が自国に存在する、という国家の独立心に関わる問題も忘れてはならない。これも日本が支払っている大きな負担だ。

ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリーの先輩記者、故・江畑謙介氏も以前、著書に記していたが、基本的にいえば、どんな国にも外国の軍隊と基地があるのは好ましくないものだ。軍隊と言うのは、国権を発動する一国の武力行使組織。そんな外国の軍隊と基地を自国内に受け入れた場合、自国の国家主権の制限や侵害の事態を生み、必ずトラブルの元になるからだ。古今東西、自国の地に外国部隊が拠点を設けた時の強い反発はいろいろな場所で見られてきた。安倍首相が本当にナショナリストであるならば、集団的自衛権の行使容認の後、米国優位・日本劣位の状況を克服するため、在日米軍基地の縮小を目指すべきだ。

日本は年末にまとまる日米防衛協力の指針(ガイドライン)改定に集団的自衛権の行使容認を反映させる方針だ。そして、改定ガイドラインでは米国の要求通りに、アジア太平洋を中心とする地域での安全保障の負担増を受け入れいく構えだ。しかし、「集団行動」の大義名分の下、米国からの軍事的な役割の拡大がますます求められることが予想される中、日本政府は納税者である国民の理解や国益を踏まえて、米国との交渉でやり合えるだろうか。

集団的自衛権の論議は確かに日本と米国が真の意味で対等の立場で協力していくためにはどうすればいいのか、を問うている。しかし、今は、日本側が言うべきことを言い、安保負担をめぐる国内世論と米国との認識ギャップを縮める努力をすることが急務のように思える。
posted by Kosuke at 13:01| Comment(4) | 東洋経済

2014年06月14日

日中関係の最悪ケース、全面戦争か局地戦争か

「戦争を防ぐためには、戦争を解明しなければならない」(国際政治学者のクインシー・ライト)──。東洋経済オンラインへの最新の拙稿です。日中戦争の危険性を問い、日中対話や危機回避メカニズム構築の必要性を訴えました。青山学院大学の青井先生、貴重なコメント、どうもありがとうございました。

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東シナ海上空を飛行する中国の戦闘機(提供:防衛省/AP/アフロ)

日中関係の最悪ケース、全面戦争か局地戦争か

戦争に発展し得るという危機認識が必要

高橋 浩祐:ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー東京特派員 2014年6月14日

尖閣諸島を含む東シナ海の公海上空で6月11日、中国の戦闘機が自衛隊機に約30メートルという距離まで異常接近する事態が再び起きた。軍用機同士の異常接近は言うまでもなく偶発的な事故を招き、両国の緊張や対立を一気に高めかねない危険なものだ。しかも、5月24日に続き、一カ月も経たないうちの二度目の発生だ。日本政府は前回の異常接近後も、外交ルートを通じて中国側に厳重抗議したが、いまだ両国間では何らの再発防止策も取られていないことが浮き彫りになった。

古今東西、領土問題は数多くの戦争の原因となってきた。特に、戦争に発展し得るという危機意識を欠いた国はなかなか交渉に真剣に臨まず、のちに想定外に事態をエスカレートさせて戦争に突入するケースが目立つ。例えば、1982年のフォークランド戦争時のアルゼンチン相手の英国がそうだった。日中防衛当局間のホットラインが機能しないなか、日中の軍同士で小衝突や小戦闘が起こり、誤解や誤算から政治的、軍事的に対立がエスカレートして戦争に突入するリスクはないのだろうか。そして、いざ日中が戦争に突入した場合、それは全面戦争(total war)になるのか、あるいは限定局地戦争(limited war)になるのか。

実は、日本の官僚や軍事ジャーナリストの間では「現代戦争では、全面戦争ではなく、局地戦になる可能性が高い」との見方が根強い一方、海外の安全保障の専門家や外交官は、日中対立での全面戦争のリスクをより高く見積もっている論調が目立っている。

両国の戦闘機が緊急発進を繰り返す

ここ数日の日中両国の発表によって、東シナ海上空では現在、日中双方の戦闘機が互いの偵察機や情報収集機に緊急発進(スクランブル)を繰り返し、一触即発の事態が続いていることが改めて確認できた。

防衛省は、5月24日、6月11日の2回の接近について、中国軍のスホーイ27(SU−27)戦闘機2機のうち1機が、航空自衛隊の電子測定機YS11EBに約30メートルという距離まで最接近した、と発表した。対する中国は6月12日、日本のF15戦闘機2機が中国軍のTU154情報収集機に約30メートルの距離まで接近し、「飛行の安全に著しい影響を与えた」と日本を批判した。中国がビデオを公開してまで反論に踏み切った背景には、南シナ海や東シナ海で領有権問題をめぐって自らの強硬姿勢のせいで孤立感が深まるなか、日本の主張を無視できず、己の正当性を国際世論にアピールする狙いがあったものとみられる。

そもそも異常接近の現場は、中国が2013年11月に尖閣諸島の上空を含む東シナ海に一方的に設定した防空識別圏内。日本の防空識別圏とも重なり合い、日米の強い抗議を受けてきた空域だ。6月11日、中国共産党機関紙、人民日報の国際版の環球時報は、5月24日の中国機の自衛隊機への接近について、中国の戦闘機が緊急発進して日本の偵察機に対応したことで、自らの防空識別圏の設置が初めてその成果を示したとする評論記事を掲載した。

中国空軍は2013年11月26日、米軍の戦略爆撃機B52が中国の防空識別圏内を飛行した際には戦闘機を緊急発進させていなかった。以来、中国国内での弱腰批判を踏まえ、強硬姿勢を貫きつつ、防空識別圏をめぐる既成事実をいくつも積み重ねて、最終的な権益を手に入れようとしている。こうした中国の手法は、「サラミ戦術」とも揶揄されるもので、南シナ海の西沙諸島や南沙諸島の領有権問題でも中国が見せている。

いずれにせよ、日中の防空識別圏がオーバーラップする空域では、中国が自衛隊機に対し、SU−27戦闘機を緊急発進させ、日本も従来通りF-15を対領空侵犯措置行動に当たらせている。戦闘機による無用な挑発(特に中国側)から、空中戦すなわち武力衝突に発展することが懸念される。

ちなみに、自衛隊機に異常接近を仕掛けてきた中国のSU−27は、成都軍区の第33戦闘機師団第98航空連隊(重慶基地)に所属し、重慶から東シナ海までの飛行距離を踏まえると、尖閣諸島からは戦闘機でわずか十数分となる「目と鼻の先」の福建省の軍用空港を前線基地として利用している、とジェーンズ・ディフェンス・ウィークリーではみている。同機はR-73 (AA-11 ア−チャー) 短距離空対空ミサイルを搭載しているとみられる。

局地戦か全面戦争か

日本の防衛省や外務省、軍事ジャーナリストの中には、かりに尖閣諸島周辺で日中軍事当局の小競り合いや武力衝突が起きた場合でも、それは局地戦にとどまる可能性が高い、との見方が根強い。この根拠の一つには、現代戦争では、どちらかの国が核兵器など大量破壊兵器を使えば、すぐに報復の大規模な攻撃を受け、互いを滅亡させる力があるため、いわゆる「恐怖の均衡」から、核戦争や全面戦争にはいたらずに限定戦争にとどまるとの考えがある。

これに対し、欧米を中心に海外の識者や専門家の中には、歴史を振り返り、たとえ小規模な武力衝突や小競り合いであっても、本格的な戦争に至った事例をあげる人が多い。ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリーでもそうした記事を多く目にする。

例えば、今月初めに私が取材したロシアの外交官は、以下のように、小さな事件から大戦争に発展するリスクを指摘していた。

「第一次世界大戦は1914年にサラエボで起きたオーストリアの皇太子夫妻の暗殺事件がきっかけ。第二次世界大戦もドイツ兵がポーランド兵に偽装して起こした自作自演の1939年のグライヴィッツ事件から始まった。どちらも数カ月後に誰もが予期しなかった世界大戦につながった」

さらに、このロシアの外交官は、第一次世界大戦の犠牲者が約3700万人、第二次世界大戦の犠牲者が約6000万人と、犠牲者数が増えてきている事実を指摘し、日中が本格戦争に突入し、史上最大規模の破壊をもたらすような第三次世界大戦を何としてでも予防する必要性を説いていた。

振り返れば、日本も1931年の満州事変がきっかけで、太平洋戦争にまで突入するに至った。予見を欠いた甘い戦略から生じる戦争はあまりにも多く、数多くの長期戦や全面戦争が、短期間で局地的に終わるとの楽観的な見通しから始まっている。直近では、米国によるイラク戦争やアフガン戦争が最たる例だろう。

東シナ海では日本が軍事的優位

戦争・紛争研究や安全保障学の研究で知られる青山学院大学国際政治経済学部の青井千由紀教授は、尖閣・東シナ海ではエスカレーションの可能性はないとする主に日本国内の省庁に根強い見方も、海外で取りざたされるエスカレーションの可能性はあるとの見方も、双方が正しい、と指摘する。

日中のエスカレーションの可能性がないという根拠としては、青井教授は「少なくとも東シナ海では、南シナ海と違って、現状では日本の軍事的優位があり、このことを日中ともによくわかっているため、現状のこう着状態が壊れてエスカレーションに至る可能性は少ない」と指摘した。

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2011年10月、航空自衛隊小牧基地を訪問した中国人民解放軍佐官級訪日団

一方、エスカレーションの可能性があるとの根拠としては、軍事的なものだけではなく、政治的、準軍事的な要因を挙げた。

具体的には、日中間のホットラインなど危機管理システムが構築されていないことや政治対話が稀薄であること、日本挑発論(日本が挑発している側であるという中国側の論理)に利する歴史問題が解決されていないこと、さらには、東シナ海においても再三軍事的衝突に至りかねないような事態が起こっていることをみると、少なくとも中国の党や政府、軍の指導者層がこのような行動を禁止してはいないと思われることを青井教授は指摘した。

政治家が交渉努力を怠るリスク

確かに、中国指導者層が民族対立や民主化の動きなど国内問題の行き詰まりによる国家の正統性を尖閣など領土問題で乗り切ろうとする動きを強めるかもしれない。内憂をそらすために、武力で領土を奪還する動きは手っ取り早い方法だ。日本側の問題としても、政治家の危機回避の交渉努力の欠如が心配される。また、中国相手の高まるナショナリズムに便乗し、早期に中国を一気に叩いて勝利しておこうとするエスカレーション戦略を訴える政治家が出てこないとも限らない。

青井教授は、「日本側が純粋に軍事的な均衡を中心とした議論を繰り広げる傾向があるのに対して、中国側は、歴史問題などを含め、政治から準軍事までより幅広いアプローチでもって日本側に揺さぶりをかける準備があるように理解している。日本としても、政治、準軍事、それこそ市場の相互依存まで範疇にいれた包括的な戦略を立てることが急務」と話している。

強硬姿勢を見せ続ける中国を相手に、いかにして対立のエスカレーションを予防し、収束させていけるか。その打開策が今ほど問われている時はない。



posted by Kosuke at 14:40| Comment(9) | 東洋経済